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終わりなき食欲 - Endless Appetite

Posted by みら on   1  0

(*いまだに...という感ありですが、ドイツ記をもう少しだけ。)
食欲が底なし(笑)だった今回のドイツ。
思えば英国時代からシュパーゲル(Spargel=ホワイトアスパラガス)をはじめドイツ食を懐かしんで時々Lidlで買い物をしたりしていたわけで、約10年ぶりにドイツに降り立って「きゃあ~、悔いの残らないように食べておこう!」となるのも自然の摂理...と。笑

加えて数か月の日本生活で「なんでチーズがこんなに高いわけ?!」と涙目になっていたところで改めて実感したのが、ドイツでのチーズ(+ビール)の豊富さと安さ。初日からチーズ三昧となりました。

で、着いた日の翌日、仕事が終わってからハノーファー駅の「馬」の前で待合わせしたのがこの方。ウェールズ時代は同じ町の"すぐそこの角"(笑)のご近所同士で、そして2年前の彼女のご転勤先となったのが、まさに私の住んでいたハノーファー。
子どもの年も同じでそして「おお!」ってな共通点もあり(ふふふ)、素敵なご縁は今回もハノーファーだけにとどまらず、ハンブルグでもお世話になったのでした。(ありがとうございました!)

ふたりで行った先は、Paulaner
もともとヘーフェヴァイツェン(Hefeweizen)大好きだし、ここは肩も凝らないし...ってことで、久しぶりに盛り上がりましたん。飲むだけでも十分だったけれど、つまみはやはり「Käsebrett mit Gewürzgurke und Brotkorb」。



食べ切れないくらい美味でございました。(もちろん、生玉ねぎはよけましたが)。そして"話"が特に美味しかったです~。Sさま、また近いうちお会いしましょう。

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Paulaner am Thielenplatz
Prinzenstraße 1,
30159 Hannover
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それから今回は、Good Old Friendsたちとの再会(...とはいえ、昨年秋と今年のはじめに既に東京でも会っているのだけれど...w)も満喫。もう20年近い付き合いになるので、彼らといると心の故郷に帰る...ってな感じになりまする。
ICE(..."In case of emergency"ではなく"Inter-City-Express"ね...って、わかるってば。笑)でベルリンから来てくれた友とはハノーファー駅で待合わせ。「朝ごはん食べようぜ」ってことで駅構内を移動していたら、なんと偶然にも知った顔に遭遇!
彼はちょうどこの日からはじまったUFOのヨーロッパツアーで、初日のハノーファーにちょうど着いたところ...という偶然。3人合流で朝食ということになり、「それなら、ハノーファーで一番美味しいと評判の寿司屋に」と、朝から寿司。w

行った先は、駅構内の「Tokio Sushi」。



駅構内とはいえ、ここは在ハノーファー人からもよく名前を聞く寿司屋で、「新鮮で美味」と評判。寿司だけでなく、うどんや天ぷらや韓国料理もある、ミックス・アジアン系。後日テイク・アウトでも利用しましたが、相棒にも評判良し。確かにドイツで食べるお寿司としては結構美味かも。

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TOKIO SUSHI
Niki-de-Saint-Phalle Promenade 73
30159 Hannover
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その後、場所を移して、「居心地の良いカフェ」としても有名なCafé Mezzoへ。

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Café Mezzo
ListerMeile 4
30161 Hannover
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ここでベルリン友とふたりで、ちょっと込み入った話をしてそのあとは郊外の親友宅へ電車(S-Bahn)でごとごとごと。
最近必要に迫られて(ま、クレイマー・クレイマーだな)「男の料理」を研究している親友が、ランチにと用意しておいてくれたのが、スパイスの調合から手作りの、男のカレー。



レシピ元はまったく違うけれど、ジェイミー・オリヴァーをふと思い起こさせるようなインディアン。(きっとスパイス配合が似ていたんだな。)大変美味しゅうございました。
で、こういう親友たちとは何年距離があろうとも、結局あうんの呼吸になるわけで、あとで合流した"もう一人"の親友と4人で、笑みの絶えない一日となりました。こういう関係って、私くらいの年になるとほんとに貴重なんですよね。彼らの存在に感謝。

その晩は、UFOの楽屋に遊びに行って、昔の仕事仲間に再会。こちらもほぼ15年ぶりくらいで、しかし音楽業界って、みんな年の取り方が遅いので、経た年月、まったく感じず。笑

...と、ここまで読み返すと、「自分史の旅」みたいな回顧番組系になりそうですが(...)、今回はそれだけでなく、新しい友たち(1.5世代下...笑)と一緒の時間が多かったんですの。
で、彼らとの仕事後、深夜過ぎに全員くったくたになりながら入ったレストランで私が白ワインとともにオーダーしたのが、「ドイツっていったらこれよね」(←私の場合)の「Kartoffelpuffer mit Apfelmus」。



「深夜に食べるか?!」ってな感じの量とカロリーでしたが、もちろん完食。で、帰りは相棒の車の中で熟睡。爆
...そんなわけで、「ドイツで食べたものの5%記」(わはは)でした。

【余談】
この文章を書きあげるのに実際2週間以上かかり、さらに先ほど書いたものの半分が消えてしまって書き直し。あぁぁ。140字に慣れ過ぎか!?(笑)というのもありますが、でも日本にいるとやっぱり時間に「追われる」感があるんですね。同じ24時間でもUKでは、その中に「時々止まったりゆっくり動く」時間っていうのが確実にあって、気持ちの余裕も違っていたように思います。
今回のドイツでも、仕事を離れてただ「ぼぉーーーーっ」とできた時間があったんだよなぁ…と、しみじみです。

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帰独

Posted by みら on   3  0



春4月、ほぼ10年ぶりで自分のもうひとつの故郷でもある、ドイツはハノーファー(Hannover)に戻っておりました。
去年引っ越し荷物を携えて、8月に成田行きの飛行機に乗っていた時は、「次のフライトは、かなり先のことになるだろうな」と思っていたのですが、そんな予想はあっさり裏切られ、早々の帰欧。

予期せぬ…といえば、日本滞在半年強で「凶」と出てしまった駒もあり、おそらくあとから長い目で見れば「あぁ、あれが大転機だったのか」と振り返れるような気はするのですが、でも今はその最過酷な激流の中、流木につかまって浮き上がるのが精一杯で、これから数か月~数年は精神的に打撲、骨折だらけになるんじゃないかと覚悟しています。
…ま、ハノーファーに帰ったのも、その流木のひとつにつかまりに行ったんですけどね。で、命を何年か分、救ってもらいました。

というわけで、帰独。
アムステルダムを1時間遅れて22時過ぎに飛び立った飛行機の窓から見下ろしたハノーファーの夜景は、懐かしさに息が止まりそうに...、じゃないわ、胸がつまりそうになりました。(止まったら死ぬわな。)



そうなんですね。今回KLMだったのですが、In- seat screen(personal screen)じゃなかったことにやや驚いたものの(機体が古かったのかな)、最高だったのが機内食。
ベジタリアン・ミールは結構いろいろなエアラインで試してきましたが、今回はじめてフルーツミール(Fruit meal)というのに挑戦。行きは、機内で食べるつもりがほとんどなかったので、フルーツで飲めればいいいかな...くらいの感覚だったのですが、これが大正解。
フルーツだけかと思いきや、実はサラダからフルーツライスからデザートまで多様で、しかもすべてライトで美味。食べないつもりが(笑)非常に美味しくいただきました。白ワインにもぴたり(笑)で、胃に負担も少なく快適。
エアラインによって内容は様々なようですが、KLMのフルーツミール、お勧めです!



で、このフルーツミール、最後にオチがつきました。はは。
私の隣に座っていた、ツアーの一員らしい60代くらいのご夫婦の夫さま。ずっと赤ワインを飲み続けてらっしゃいましたが、私がフルーツミールの朝食で彼が普通の朝食であったことに激怒。(ほんとに激怒したんですよ。とほほ。)
日本人のうら若きフライトアテンダント嬢を「呼びつけて」、「なんで自分には特別ミールが来ないのか?!」と怒鳴り散らし…。「こ、これは、前もってご予約いただいたお客様へのミールで...」との説明にも、「そんな説明、受けてない!」「それにおまえら、注文も取りに来なかったじゃねーか!」(は?)と、怒り鎮まらず。
そういうのを、私を間に挟んで隣で酒臭い息でまくしたてられ、思わず私からも一言切り返したくなりましたが、酔っぱらいを相手にするのもな…と、私は沈黙することに。
結局何かと思ったら、「おまえじゃ埒が明かん!責任者、呼んでこい!」

きっとこの人は、退職まで部下をこういう風に扱っていたか、もしくは上司にこう言われながら生きてきたんだろうな…と、ふと思いましたが、FA(日本ではCA?)嬢、オランダ人らしき"責任者"を伴って再び登場。
…で、予想はしてましたが、「日本語、通じないじゃねーか!」と再激怒。
あぁぁぁぁ、これはKLMですぜい。しかもエコノミー。そしてあなたは添乗員付きのパッケージ・ツアー客。

ですがね、「外国人」相手には、いきなりトーンが下がるわけですよ、このオヤジ。悲
で、Chief Flight Attendant氏も慣れたもので、「それでは弊社のLetter of Complaintをお持ちしますので、そちらにご記入の上お送りください。担当の者からお返事差し上げるようにいたします。」(英語)と、ちゃっちゃっとその場をまとめ、英文フォームを持ってきて渡して退場。
…で、"責任者"退場で、「英語じゃねーか!バカヤロー!」と、再び日本人乗務員に怒りを向けて、そして「赤ワイン持って来い!」ということで、終了。
ううううむ。お疲れさまでした。
こういうとき、まず「申し訳ございません」と謙る日本語っていうのは、ある意味余計なダイアローグを増やすことにもなるよな…と、変なところに納得したりして。
終わってみて不思議だったのは、隣に座っていらした奥さまが、この間一言も言葉を発しなかったこと。無関心なのか亭主関白なのか…。
ま、いいや。

…と、そんなハプニングもありましたが、久しぶりのオランダ・スキポール空港(Schiphol)は懐かしく、ひとりの待ち時間を堪能。
インターネット・ゾーンでPC開けて、空港内に通っているKPN HotspotsのWifiを購入して、(結構割高。30分で6ユーロ(750円)だったかな)、連絡業務(含:facebook + Twitter)。途中、電源確保が必要だったので、2階のMcDonald's(笑)に移動して大きいコーヒー2杯抱えて(爆)続行。
…なんてことをしていると、3時間なんてすぐに経ってしまうものですよね。
ここで靴をピンヒールに履き替えて(ははは)、搭乗ゲートに向かったのですが、誤算はゲートまでの距離が異様に長かったこと。思わず途中で靴を脱ぎ捨てたくなりましたが(実は、ヒールに関してはドイツでエピソードを多数作ってきたんですけどね。笑)、ぐっとこらえて涼しい顔でゲートに。
と思ったら、「テクニカル・トラブルで機体を換えなきゃならないみたいで、遅れるよ~」と、カジュアルなKLMの地上乗務員。「いつになるかはわっかんないなぁ。ま、早めに飛べるといいやね」ってな感じで、「あぁ、ヨーロッパに帰ってきたなぁ」と。笑
ここで、昔使っていた英国のプリペイド(PAYG)携帯に切り替えて、(プリペイドは半年使わないと、契約が自動解約されてるかも…って情報もあったので、おそるおそるだったのですが、でも半年過ぎても無事に復活。ほっ)、ドイツに「遅れるっぽい」とSMS。

そんなこんなで深夜到着のハノーファー。
ハノーファー空港の駐車場はまるで変わりなく(当たり前か)、懐かしさに打ちのめされそうになりつつ、思い出には蓋をして、Warsteinerの待つ冷蔵庫(家)へ。
空港から家までもすごい珍事があったものの(爆)、ま、これはいずれまた。

行く前に「Warsteiner飲みたいーっ!」と漏らしたら(ま、demandしたと言い換えてもいいんですが。笑)、今回いたるところで1ケースとか2ダースとかの歓迎を受け(除:旧友たち)(わはは)、満面笑み(←単純なわたし)。
ヴァルシュタイナーにレモン味とかオレンジ味とかコーラ味とか邪道なものが増えていて(!)驚きましたが、でもやっぱりこれを飲むと「ドイツ」に帰って来た気になります。笑

私たちがドイツを出たのは2000年夏で、ユーロ切り替え直前、EXPO 2000直前だったんですが、このExpo以降、実はハノーファーは異様に綺麗になっていて、U-BahnもS-Bahnも変わっていたし、Hbf(Hauptbahnhof:中央駅)あたりも再開発されていて、私にはまさに新風景。(もちろん、「馬」はそのままでしたが。笑)
新しくできたパサージェ、Ernst August Galerieなんかはもう堪能しまくりで、リテール・セラピー(Retail Therapy)させていただきましたわ。ははは。



Twitterでも呟きましたが、そのパサージェの中のイタリアン・デリ、Barrique Hannoverっていうのが、私の一番のお気に。
ウィスキーからリキュール、ヴィネガーにオリーヴオイルまで、種類が豊富ですべて量り売り。(ボトルも選べるし、味見もまた楽し)。
ワインも良いもの揃えているし、塩コーナーも素敵(←これ、私には大事ね)。
お店のお兄さんもかっこよくて説明も丁寧で、しばらくおしゃべりしてしまいました。最後にワサビマメ(流行っているらしいです)もお土産につけてくれたし(笑)。





私は昔からサンブッカ(Sambuca)好きなのでこれだけでも幸せでしたが、ほかも全部美味しかったなぁ。
特に、お兄さんお勧めのチョコレートトリュフが激美味で大事に食べていたものの、結局あとで義兄に全部取られました(爆)。
空になったグラスを持って行けば、あとで中身の代金だけで補充してくれるので、それらは次回のためにあっちの家に保管。このグラスもね、また素敵だったわけです。また行きたいなぁ。

…というわけで、しばらくブログからは遠ざかっていましたが、近況はTwitterで呟いていますので、あちらでもお会いしましょう~。
Ciao!!

コイナさん談義

Posted by みら on   0  0

ブレヒト(Bertolt Brecht)の「Stories of Mr. Keuner」を読んでいるのですが、これはそれぞれの短編に含蓄があっていいですよね。
日本語タイトルも味わいがあって好きです。>「コイナさん談義」


…それだけです。すみません。

一本杉

Posted by みら on   2  0

"Uns ist wohl", sagte ein brüderlich gleicher Tannenwald zur Zeder. "Wir sind soviel und du stehst allein."
"Ich habe auch Brüder", sagte die Zeder, "wenngleich nicht auf diesem Berge".

Johann Wolfgang von Goethe





ゲーテですが、英語にすると、こんな感じの意味。(夫訳。)

"We are well", a fraternally equal fir forest said to the cedar, "we are
so many, and you stand alone".
"I have brothers, too", said the cedar," although not on this mountain."



孤独を感じるときに、なんとなくいいかなぁ…と。

ArtとArtificial

Posted by みら on   0  0

ベートーヴェン(Beethoven)の茶目っ気たっぷりな言葉。

"Nature knows no quiescence; and true art walks with her hand in hand; her sister--from whom heaven forefend us!--is called artificiality." -Ludwig van Beethoven-
(From notes in the lesson book of Archduke Rudolph)



夫から教わりましたが、自然を愛し人為を嫌うベートーヴェンをよくあらわしているとともに、その言葉遊びがおもしろい。

ArtとArtificial。
ドイツ語では、Kunstとkünstlich。

「Artificial(人工的な)」の反意語は「Nature(自然)」ですが、「Artificial」の派生元であるのが「Art」(芸術)。…と考えていくと興味深いです。
派生した「Artificial」ではない「Art」を生み出している芸術家たち(Artists)が私は好きだし、もっとも共感するのですが、ま、いろいろ考え始めるとキリがありません。

Artのラテン語は、Ars。("Ars longa, vita brevis"のアルス…。)
これがギリシャ語まで遡ると、「テクノ(tekhno- / Techne)」になるのね。これは、いまのクラフト(craft)に、より近いのかもしれないけれど、当時のギリシャでは、クラフトのほうがアートよりも格が高かったらしいです。
いずれにしても、技と芸術性の融合。


*自然は日々移り変わる。真のアートはその自然とともに歩を進める。アートの"はらから"、-- 天よ、それから我々を守り給え!-- それが「人口」である。(ベートーヴェン)

The Diary of Anne Frank

Posted by みら on   2  0



「アンネの日記」といえば、知らない人のほうが少ないくらいだと思いますが、そのアンネ(Anne)の"ティーンエイジャー"としての心の機微に焦点を当てたBBCドラマが今週5夜連続で放映されてました。>> The Diary of Anne Frank

放送枠も夜7時から30分…と、若い層や家族をターゲットにした時間帯。
息子の学校でも教材として使われているそうですが、「やはり見るべし」と、うちでも家族で5夜連続鑑賞。

戦争やナチやホロコースト…というよりも、隠れ家での日常とその中でのアンネの心の動きがテーマ。
母への限りない嫌悪感、姉への敵対心、大人への反抗、映画女優への憧れ、文筆家への夢、そして性への目覚めと恋…を、『思春期のおしゃまで生意気な、ちょっと背伸びした女の子』像にして現代風にアレンジ。

いまや「アンネの日記」は、ここイギリスでも、人種や宗教、外見や考え方の違いへの偏見をなくし、果てはイジメにも取り組むための格好の教材として扱われているそうで、そういう意味では、若い子たちにもっと親しんでもらうための「Anne」ということで趣旨はなるほど…という気がしました。
折りしもいま、イスラエルのガザ侵攻で、子どもを含む一般市民が連日命を落としているという陰鬱なニュースが、クリスマス明けから英国を埋め尽くしている状態。まさに「今見なくてどうする」といった題材だったのでは…と思います。

それはよくわかるのだけれど、…で、最後は確かにしんみりもしたのだけれど、アンネの"新しい"描き方が、「うーん、どうかな?」と思ってしまったのがうちの感想です。
Anneを演じたのは、無名の18歳、エリー・ケンドリック(Ellie Kendrick)。この子が鼻に付きました(ずびばぜん)。息子も同様だったそうで、「なんか誰かを思い出させるんだよなぁ」…と。
脚本は、デボラ・モガー(Deborah Moggach)。
(*映画版「Pride & Prejudice」の脚本を書いた方ですね。ええ、あまり好きではありませんでした、あの映画。ま、もともとジェーン・オースティンも嫌いなんですが。)
…で、「あ!そうか」と。いやな感じに突っ張ったキーラ・ナイトレイの話し方に似てたんだ。笑

ま、それはともかく、その後BBC Fourで放送された「Anne Frank Remembered」のほうが、やはり私たちには合ってたかな…と。

ところで。
ドイツは北ドイツのハノーファー近郊に長く住んでおりましたが、この近くにあったのが「ベルゲン・ベルゼン強制収容所(Das KZ Bergen-Belsen)」です。チフスによりアンネ・フランクが亡くなった場所です。イギリス軍が開放する1ヶ月前でした。
この道を入ると「ベルゲン・ベルゼン収容所跡」という看板の前を何度も通り、そのたびに夫に「行く?」と聞かれましたが、結局行けませんでした。
ドイツで、それこそほんとに当時のナチスを経験した人たち(義母、義父含む)に会い、そしてドイツの空気を実際に肌で感じ、なぜか尻込みしてしまった…というのがあります。本は何冊も読みました。ドイツでもむさぼるように読みました。…が、収容所に向かうことはできませんでした。いまだったらいけるかな…。


Ich bin ein Berliner

Posted by みら on   12  0



年明けに、大晦日の話に戻って恐縮ですが…(笑)。
12月31日のことを、ドイツでは「ジルベスター(Sylvester/Silvester)」と呼びます。

教皇ジルベスター1世(Pope Sylvester I)の命日(335年没)が12月31日であったことから、この日は「St. Sylvester's Day」として定着(813年以降)。1582年にグレゴリアン・カレンダー(グレゴリオ暦)が導入され(ドイツでの導入はカソリック圏で1583年、プロテスタント圏で1700年。日本では1873年)、一年の最後の日が12月24日から12月31日となり、結果、大晦日(New Year’s Eve)が「ジルベスター」となった…らしいです。

ところで。
この「ジルベスター」の習慣は、ドイツでも様々なようですが、私がドイツで馴染んでいた習慣のひとつが、「クラプフェン(ベルリナー)=ジャム・ドーナツを食べる」というもの。
今年は、ストロベリー・ジャム版とラズベリー・ジャム版をタワー(↑)にしてみました。←アホ

…で、これ。
日本の年越し蕎麦の風習と同じく、ドイツ共通だろう…と思っていたら、そんなことはなかったようで(汗)。
北ドイツ特有ですか?>ドイツのみなさま
南ドイツではカーニヴァル(Fasching:ファッシング)時(2月)のほうが有名みたいですね。

というわけで、ここイギリスでもそうですが、ドイツの大晦日とお正月はクリスマスと比べると味気ないです。
わたくし今年も、日本のブロガーのみなさまのすばらしい年越し蕎麦とお節料理を、目だけで堪能させていただきました。あぁ、お雑煮だけでも食べたかった。

***
話が前後しますが、「Ich bin ein Berliner.」というのは、ジョン・F・ケネディ大統領の1963年の(西)ドイツはベルリンでのスピーチ時の有名なことば。(オバマ氏が大統領候補だったときにベルリンで行った演説にも、ケネディを彷彿とさせるものがありました。)
冷戦状態の中、その東西分断を象徴するともいえる壁が建てられ、ますます孤立する西ベルリン(周囲を東ドイツに取り囲まれていたわけですし...)で、西側と自由を代表するJFケネディが言った「私もベルリンの一市民である」。彼の言葉に光を見たドイツ人は多かったことと思います。

…という印象深い歴史的事実とは別に、「ベルリナー(Berliner)」というのが、ジャム・ドーナツを指すことから、後に、「ケネディは演説で、"私はジャム・ドーナツだ"と間違って言ってしまった」という都市伝説が流されるわけです。
この中(主に英語圏での都市伝説)では、「ケネディは文法を間違えている。不定冠詞の"ein"をつけるべきではなかった」とされていますが、彼のスピーチの趣旨の中で(「私もあなたたちと同じく、ベルリンの一市民なのですよ」という意味で)、「ein Berliner」は、そうあるべきの「アイン・ベルリナー」で、間違ってはいません。
(*同じ揚げ足取りなら、ハンブルグだったら"Ich bin ein Hamburger."で、「私はハンバーガー!」になっちゃうし、フランクフルトだったらソーセージですよ(笑)。>"Ich bin ein Frankfurter."←いずれも語り手が男性の場合ね。)

で、なんの話を書いていたか忘れましたが、孤島となり、「西」であるにもかかわらず自由を奪われた当時の西ベルリン市民の気持ちは、私のような戦争未経験で政府に自由を奪われたこともない人間には想像すらできません。しかしこういった事実と人々の感情は、風化させてはいけないことだと思います。

今年、息子がはじめてベルリンを訪れるようです。
何かを感じ取ってきてくれるかな。

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