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It changes you.

Posted by みら on   2  0

BBC Two 「This World」の"America's Poor Kids".
アメリカの貧困問題を子供の目からとらえた番組。3家族を追っているのだが、その子供たちがあまりに大人で賢く、はっとさせられる。中でも11歳のセーラ(Sera)の言葉は深すぎて痛みを覚える。

It's just annoying that people say: "Oh it doesn't matter. It's just a little problem. It's over now, get over it."

"No. It's not over. It changes you. I maybe still the same old obnoxious Sera, but deep down, I'm a whole new person, well I'm a whole different person."




事情も環境も、もちろん年齢もまったく違うけれど、この感覚はよくわかる。私自身、2012年までの自分に戻ることはもうないと感じている。自分の中の何かが原型を留めないほどに砕け散ってしまい、そのときは気が付かなかったものの、それが「私」を作る要素のひとつになっていたんだなと、今になってわかる。見た目は同じでも、古い私は既に死んでいる。いまいるのが新しい私かというとそれもわからない。海外に長く住んで、アイデンティティ・クライシスなるものとも直面したけれど、オリジナルなおおもとの自分が死んでいるので、その感覚とも全然違う。幽体離脱して自分を客観視しているみたいな日常。苦しい。

Grief is forever

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ひとは、いままで経験したことのないような痛みや悲しみに遭ったとき、まずは自分の過去の引き出しをすべて開けて、何かそこから解決策を得ようとする生き物のようです。私の場合も、なんとか過去から掴めるものはないか、暗闇の中を必死で探して回りました。母を含め、自分に近いひとの死にも何度か直面しています。そのときはどうだったか、どのくらい立ち直るのに時間がかかったか、どんなことをしてきたか、思い出の周辺を何度も彷徨いながら、手がかりを見出そうともがきました。

が、「自殺で最も愛する人を喪った哀しみ」に相応する哀しみや苦しみはないのです。それが1ヶ月で見つけた答えでした。

Some of the most challenging work a suicide survivor can do is to pray. To pray fully, survivors must bring all of themselves to the prayer: their anger, disappointment, fears, insecurities, and why's. I bring all of me into an encounter with God, aware that nothing in the human experience, or the human response to the ambushes of life, is alien to God.
― Harold Ivan Smith


Her grief would run its course, like a fever, and release her when it was spent. He would not shush her or tell her it was God's will and that her da was better off. That was rubbish and they both knew it. When something hurt as bad as this, you had to let it hurt. There were no shortcuts.
― Jennifer Donnelly, The Tea Rose



ただ、いくつかの言葉(本でも見ず知らずの方にかけていただいた言葉でも、友人からのものでも)には助けられました。
エリザベス キューブラー・ロス(Elisabeth Kübler-Ross)は、前から彼女のこの言葉が好きだったのですが、

The most beautiful people we have known are those who have known defeat, known suffering, known struggle, known loss, and have found their way out of the depths. These persons have an appreciation, a sensitivity, and an understanding of life that fills them with compassion, gentleness, and a deep loving concern. Beautiful people do not just happen.



今回も、場面場面で救われました。

The reality is that you will grieve forever. You will not ‘get over’ the loss of a loved one; you will learn to live with it. You will heal and you will rebuild yourself around the loss you have suffered. You will be whole again but you will never be the same.
― Elizabeth Kubler-Ross and John Kessler




On Grief and Grieving: Finding the Meaning of Grief Through the Five Stages of LossOn Grief and Grieving: Finding the Meaning of Grief Through the Five Stages of Loss
(2007/06/05)
Elisabeth Kubler-Ross、David Kessler 他

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変な話ですが、遺体が発見された1月24日から会社は一度も休みませんでした。
私は日本、彼はイギリスと、場所は分かれていたものの、同じプロジェクトに関わっていたので、仕事をするときは釘の上を素足で歩くように辛かったです。2月半ばの滋賀県出張だけは、彼との思い出が詰まり過ぎている場所だったので、これだけはなんとかはずしていただきましたが、職場ではいつも夢遊病者のようでした。
こう書くと同業の方にはお叱りを受けそうですが、ただ同時通訳をしている時だけは比較的楽で、使う脳の部分でも違うのでしょうか、同時通訳の仕事だけは他の拠点からのものでも積極的に引き受けました。

心療内科を勧められたりもしましたが、見知らぬ人と話をして癒されるものでも薬で癒されるものでもないことは、経験上わかっていたので(それに、睡眠薬が効いたことないし)、パスしました。
彼の葬儀の日(実はここにもかなり複雑な思いがあるのですが、あまりにもプライベートになるので、ここでは書かずにおきます)、非常に不思議な経緯を経由して子猫を家に迎え入れるることになったのですが、(実際、彼の意思が働いているとしか思えないような経緯でした)、それで「猫が救ってくれれば...」と言ってくださった方もいましたが、実際、心に開いた空洞は救えるようなものではなく、また体重1キロほどの猫にそんな大きな役目を押し付けるのも傲慢な気がして、あくまでも流れの一部としてとらえています。ただ、息子にとっては、この時期かなり貴重な家族になったようで、「妹」として世話も焼いてくれています。息子の猫になりそうです。
猫白血病も猫エイズも陰性で、ワクチンも済ませ、あとは半年後に避妊手術ですね。

“You’ll get over it…” It’s the clichés that cause the trouble. To lose someone you love is to alter your life forever. You don’t get over it because ‘it” is the person you loved. The pain stops, there are new people, but the gap never loses. How could it? The particularness of someone who mattered enough to grieve over is not made anodyne by death. This hole in my heart is in the shape of you and no-one else can fit it. Why would I want them to?”
― Jeanette Winterson, Written on the Body



話は元に戻りますが、今回一番気持ちを分かち合えたのは、やはり彼の家族(ご両親と妹さん)かなとは思います。
亡くなった場所にもいずれは行くべきと思っているのですが、正直まだ自分を正気に保てる自信がなく躊躇しています。これから来る「Inquest(審問)」には行くつもりでおり、それまでにもう少しだけでも強くなれればいいのですが。

イギリスから戻ったのが1月5日で、彼のいないヒースローに戻る勇気が、まだ全然ないのです。

Norwegian Wood

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引用です。

No truth can cure the sorrow we feel from losing a loved one. No truth, no sincerity, no strength, no kindness can cure that sorrow. All we can do is see it through to the end and learn something from it, but what we learn will be no help in facing the next sorrow that comes to us without warning.



どのような真理をもってしても愛するものを亡くした哀しみを癒すことはできないのだ。どのような真理も、どのような誠実さも、どのような強さも、どのような優しさも、その哀しみを癒すことはできないのだ。我々はその哀しみを哀しみ抜いて、そこから何かを学びとることしかできないし、そしてその学びとった何かも、次にやってくる予期せぬ哀しみに対しては何の役にも立たないのだ。



ご存知の方も多いかと思いますが、中学の頃から村上春樹はいつも本棚にありました。ヨーロッパ時代もずっと一緒でした。ただ、ブームとかがあまり好きではないせいもあるのか、「ノルウェーの森」だけは2度くらい読んだだけで、また読み返そうとは思わなかった数少ない村上本です。

しかし、いまの自分の気持ちを表現するのに、これ以上ぴたりとくる文章はなく、しみじみ深いため息をついてしまいました。
さすがだ。

彼には、「国境の東、太陽の西」と「ダンス・ダンス・ダンス」の英語版を贈ったな。
ビートルズの「Norwegian Wood」はよく二人で聴きました。
みんな死んじゃうなぁ。


ノルウェイの森 文庫 全2巻 完結セット (講談社文庫)ノルウェイの森 文庫 全2巻 完結セット (講談社文庫)
(2012/03/13)
村上 春樹

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終わりなき食欲 - Endless Appetite

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(*いまだに...という感ありですが、ドイツ記をもう少しだけ。)
食欲が底なし(笑)だった今回のドイツ。
思えば英国時代からシュパーゲル(Spargel=ホワイトアスパラガス)をはじめドイツ食を懐かしんで時々Lidlで買い物をしたりしていたわけで、約10年ぶりにドイツに降り立って「きゃあ~、悔いの残らないように食べておこう!」となるのも自然の摂理...と。笑

加えて数か月の日本生活で「なんでチーズがこんなに高いわけ?!」と涙目になっていたところで改めて実感したのが、ドイツでのチーズ(+ビール)の豊富さと安さ。初日からチーズ三昧となりました。

で、着いた日の翌日、仕事が終わってからハノーファー駅の「馬」の前で待合わせしたのがこの方。ウェールズ時代は同じ町の"すぐそこの角"(笑)のご近所同士で、そして2年前の彼女のご転勤先となったのが、まさに私の住んでいたハノーファー。
子どもの年も同じでそして「おお!」ってな共通点もあり(ふふふ)、素敵なご縁は今回もハノーファーだけにとどまらず、ハンブルグでもお世話になったのでした。(ありがとうございました!)

ふたりで行った先は、Paulaner
もともとヘーフェヴァイツェン(Hefeweizen)大好きだし、ここは肩も凝らないし...ってことで、久しぶりに盛り上がりましたん。飲むだけでも十分だったけれど、つまみはやはり「Käsebrett mit Gewürzgurke und Brotkorb」。



食べ切れないくらい美味でございました。(もちろん、生玉ねぎはよけましたが)。そして"話"が特に美味しかったです~。Sさま、また近いうちお会いしましょう。

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Paulaner am Thielenplatz
Prinzenstraße 1,
30159 Hannover
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それから今回は、Good Old Friendsたちとの再会(...とはいえ、昨年秋と今年のはじめに既に東京でも会っているのだけれど...w)も満喫。もう20年近い付き合いになるので、彼らといると心の故郷に帰る...ってな感じになりまする。
ICE(..."In case of emergency"ではなく"Inter-City-Express"ね...って、わかるってば。笑)でベルリンから来てくれた友とはハノーファー駅で待合わせ。「朝ごはん食べようぜ」ってことで駅構内を移動していたら、なんと偶然にも知った顔に遭遇!
彼はちょうどこの日からはじまったUFOのヨーロッパツアーで、初日のハノーファーにちょうど着いたところ...という偶然。3人合流で朝食ということになり、「それなら、ハノーファーで一番美味しいと評判の寿司屋に」と、朝から寿司。w

行った先は、駅構内の「Tokio Sushi」。



駅構内とはいえ、ここは在ハノーファー人からもよく名前を聞く寿司屋で、「新鮮で美味」と評判。寿司だけでなく、うどんや天ぷらや韓国料理もある、ミックス・アジアン系。後日テイク・アウトでも利用しましたが、相棒にも評判良し。確かにドイツで食べるお寿司としては結構美味かも。

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TOKIO SUSHI
Niki-de-Saint-Phalle Promenade 73
30159 Hannover
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その後、場所を移して、「居心地の良いカフェ」としても有名なCafé Mezzoへ。

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Café Mezzo
ListerMeile 4
30161 Hannover
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ここでベルリン友とふたりで、ちょっと込み入った話をしてそのあとは郊外の親友宅へ電車(S-Bahn)でごとごとごと。
最近必要に迫られて(ま、クレイマー・クレイマーだな)「男の料理」を研究している親友が、ランチにと用意しておいてくれたのが、スパイスの調合から手作りの、男のカレー。



レシピ元はまったく違うけれど、ジェイミー・オリヴァーをふと思い起こさせるようなインディアン。(きっとスパイス配合が似ていたんだな。)大変美味しゅうございました。
で、こういう親友たちとは何年距離があろうとも、結局あうんの呼吸になるわけで、あとで合流した"もう一人"の親友と4人で、笑みの絶えない一日となりました。こういう関係って、私くらいの年になるとほんとに貴重なんですよね。彼らの存在に感謝。

その晩は、UFOの楽屋に遊びに行って、昔の仕事仲間に再会。こちらもほぼ15年ぶりくらいで、しかし音楽業界って、みんな年の取り方が遅いので、経た年月、まったく感じず。笑

...と、ここまで読み返すと、「自分史の旅」みたいな回顧番組系になりそうですが(...)、今回はそれだけでなく、新しい友たち(1.5世代下...笑)と一緒の時間が多かったんですの。
で、彼らとの仕事後、深夜過ぎに全員くったくたになりながら入ったレストランで私が白ワインとともにオーダーしたのが、「ドイツっていったらこれよね」(←私の場合)の「Kartoffelpuffer mit Apfelmus」。



「深夜に食べるか?!」ってな感じの量とカロリーでしたが、もちろん完食。で、帰りは相棒の車の中で熟睡。爆
...そんなわけで、「ドイツで食べたものの5%記」(わはは)でした。

【余談】
この文章を書きあげるのに実際2週間以上かかり、さらに先ほど書いたものの半分が消えてしまって書き直し。あぁぁ。140字に慣れ過ぎか!?(笑)というのもありますが、でも日本にいるとやっぱり時間に「追われる」感があるんですね。同じ24時間でもUKでは、その中に「時々止まったりゆっくり動く」時間っていうのが確実にあって、気持ちの余裕も違っていたように思います。
今回のドイツでも、仕事を離れてただ「ぼぉーーーーっ」とできた時間があったんだよなぁ…と、しみじみです。

*Nightmare*

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Avenged Sevenfold

クリタラキ -Kritharaki-

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ところで、私たちが住んでいた郊外の小さなヴィレッジ
小さいながらも、何軒か馴染みのあるレストランもありまして、良く通ったイタリアンは隣の町に引っ越してしまったものの、グリーク・レストラン(ギリシャ料理)は、名前もオーナーも変わっていたけれど健在!!外観も内装も(!)昔のままでした。
友達を引っ張って行って、いただいたのは懐かしい「サガナキ(Saganaki / σαγανάκι)」。



無知ゆえ知りませんでしたが、「サガナキ」というのは「両手付きの小さなフライパン」という意味だそうですが、でも単に「サガナキ」と言えば、チーズに小麦粉をまぶして焼いたもののこと。
ここではいつもフェタのサガナキ。
すごく美味しいけれど、さすがにお腹に重い!(笑)

...とか言いつつ、もう一品。
これも好んでよく注文していた「クリタラキ(Kritharaki / κριθαράκι)」(お米の形をしたパスタ)。



で、出てきてから「あ、違った!」と(笑)。
いや、クリタラキは正しいのですが、注文の際には「ohne Fleisch」(肉抜き)で「mit Käse überbacken」(チーズ乗せてオーヴン焼き)にしてもらうのが常でした。そういえば…。忘れてしまった。
今回はラム肉たっぷりでチーズ焼きなしの、メニュー通りな正統クリタラキ。
さすがに全部は食べ切れず、半分は「お持ち帰り」になりました~。

しかし、女ふたりだと喋ることが多くて、しかもここに来る前にたっぷりゼクト(赤)を1本いただいているゆえ(私のみ)、饒舌さに拍車がかかる…と(笑)。
そんなわけで時間はどんどん過ぎ、結局零時を回って、本当は電車で帰るはずだったのに、飲んでいない彼女の車でハノーファーまで送ってもらったのでした。今回ドイツの高速(アウトバーン)も久しぶりに乗りましたが、快適ですよね、やはり。びゅんびゅん飛ばせるしタダだし。

というわけで、危険なまでに食べ物が美味しかった今回のドイツ滞在でした。

コウノトリ -Stork-

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昔「Plaudite!」というベジタリアン・サイトを運営してまして、当時はまだEmailよりもFaxで(笑)、ホームページがぼちぼち盛んになりはじめた時期だったような気がします。そうそう、掲示板(BBS)やサイト内の日記っていうのも活発でしたよね。
で、息子が生まれたばかりの当時(14年前か…笑)は、私もデジカメなど持っておらず、35mmで撮影したものをスキャナーで取り込むような画像スタイル。でもね、近所に巣を作って子育てしていた「コウノトリ(Stork:Storch)」だけは「デジカメで撮って、画像アップしたかったなぁ~」と、英国に移って「デジカメ当たり前(笑)」の時代になってから思ったものでした。

そんなわけで昔住んでいた郊外のヴィレッジにS-Bahnで帰ったときも、向かったのはコウノトリの巣のある角の家。
(*昔はDBでごとごと行くのみで、S-Bahnなど通ってなかったんですけどね。でも2000年のEXPO以降は新システム。だいぶ快適になってました。主に市内を走るU-Bahnは車種も新しくなってさらに快適に。)



この角の家までは、私たちの住んでいたところから徒歩2分。シュパーゲル(ホワイトアスパラガス)の季節になると同時に、コウノトリのつがいと赤ちゃんも観察できたのでした。古き良き思い出。

しかし、10年ぶりに自分が子育てしていた家に帰るっていうのも奇妙なもので、懐かしいのだけれど、でも同時に時間を感じないというか、10年が一瞬にして縮まったような感覚でした。昔の大家さん(この家は、ご主人が土台からすべて建てたものなんです)にもご挨拶し、ご近所だった友たちとの再会を喜び、唯一違っていたのは、大人に成長した子どもたちだったでしょうか。
「時」って止まることがありますね。





息子が、生まれてから幼稚園まで通った家。いまでは違う方が住まわれてますが、でも外観は全然変わってない(笑)。
今回はハノーファー市内にいたので、このヴィレッジは3度ほど訪れただけでしたが、次回は息子も連れて来たいかな。

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